おしさしぶりですゴルジ体です。

突然ですが、最近、妖怪が現れまして
名をば「連休飛ばし」となむ云ひけるワケなんですが
まあ、どういった悪さをするかというとですね、
明日から連休だあ、ひゃっほい!と思っていたら
いつのまにか、連休が終わっているという
あれです。
そう、いつもの憎いあんちくしょうであります。

えー、小生、GW中は、カレーのジャガイモのごとくゴロゴロしておりました。
ときおり、万年床で布団かぶって一人で小龍包ごっことかしてました
「わしゃーアツアツぢゃけえのう、ヤケドせんよう気ィつけえや」なんて
広島弁で、小龍包を熱演しておりました。ひとりで。
まあ、文字で書くと目もあてられない行為なのですが、
実際に見たら、それ以上にどうしようもない風景です。
あいた口と地獄の釜の蓋がふさがりません、同時に全開でございます。

で今回のトピックスは「便所と思想」です
食事中の方は、また後ほど読んでください。

さきほど、大腸が発するビッグな気配を感じ取り、トイレに行っておりました。
ゴルジは、トイレの中で本を読む事がとても好きなので、
大きな予感がほとばしっている時は大抵何がしかの本とタバコを手に
便所に急ぐわけです。(あスミマセン、自宅での話です)

大体、マンガか詩集かどっちか、即時的に吸収できてかつ集中力の持続が
そこまで求められない書物を持ち込むのですが、
今回は大腸が長期戦も辞さない構えを、ほのめかしていたため、
読み応えのある本を持っていこうと、もじもじしながら、
本を選んでいたのですが、あれ?と思う本が出てまいりました。
それは吉本隆明の「貧困と思想」という、いつだったか、
まあそんな昔じゃないんですけど、買った本で、
タイトルが気に入ったし、ばななの親父だしで即、レジスターのおねいさんに
「これを所望する」と告げた作品だったはずなんですが、
どうも、「これ読んでないじょ」と海馬を経てシナプス、ニューロンあたりのなんかちっこいのが
伝達してきたので、「はて?」と思いつつも、
その本を持って便所に向かいました。

編者とばなな親父の対話形式のおほんでした。
ああ、だから読んでなかったのかと納得しました。
ゴルジは、対話形式の本をしっかりと読む事が得意ではないのです。

自分の体験に基づいているのですがしゃべりだと、時に、
言葉が先行してしまって、全く中身が伴わないって事が往々にしてあってですね
それが、自分の中では、いやだなあと思うんですが、
でも、なんだか、それっぽい事が言えてしまうんですね。
その場の雰囲気とか、スピード感とか、うまい事言ってやろう感とかですね、
そういった、表現するに至る行程で罹患する病に近しい自己顕示欲をひきつれて
声帯を震わせるだけでですね、なんだか形になるのです。
で、言ってしまったら最後、それが一種の呪いの如く、他人に伝達されるのです、
とくに、哲学やら政治やら戦争やら、そういった分野では、顕著にそれが現れるとおもうのです
僕自身、人前で、上述の話題を出す事があまり好きでなかったり、
テレビで、有識者の方々が上述議題で討論してたりするとチャンネルをかえちゃうのは
単にゴルジは未熟で、物事を咀嚼しないまま飲み込む事に恐怖心を覚えちゃうからって
だけなんですが。。。

いや勿論、この本は出版にあたり推敲に推敲を重ねて作成されたものと思いますし、
吉本さんはものっそい書き手なんでバリバリ読んでいただきたいのですが、
なんだかよわっちい僕は、しゃべりがベースにあると、こわひなあと思ってしまうのです、
って話です。
なんだかしまらない感じで、ではまた。

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