勝って兜の大島渚!
どうも、ゴルジ体改めゴルジ体です。

街を歩いていて、全くもって車の来る気配のない信号、
くるまの「ぺ」の字も感ぜられない信号を、ついつい無視したくなるのは、
さながら中学校のときに、すこし好きな女の子が話しかけてきて、
なんだか無視しちゃったあの日々!
日々変貌を遂げていく自分の体躯と、幼いままの精神の乖離に悩みまくっていた、
あの、あまづっぱい日々!!
を投影するがごとく、皆様ご経験があると思うのですが、
僕は、ある作法に基づいて、そういった信号を無視するかどうかを定めております。
いや、信号は無視しないに越した事は無いです。そりゃ、いつシューマッハが
10m先に見えている、たばこ屋の角を時速200kmで攻めてくるやもしれません、
ただ、無視する場合は、このような、あれを、あれしていますと言うお話です。
行く道を急いでいる場合、無視しません。
別段、そうでない場合、無視します。

単純に、自分が利益をこうむるか否かが判断基準となっています。

なぜかというと、ルールと利益を天秤にかけて利益が重くなっちゃってる人を見ると
単純に、あいたたたーと思うからです。
身近な例だと、列の割り込みとか、そうですね。
炎天下の下、長々待った行列の前に、そりゃもう、いけしゃあしゃあと割り込まれた日には、
すこし硬めの[自主規制]で[自主規制]を[自主規制]しちゃいますよ!

清廉潔白とは言わないまでも、格好悪いひとにはなりたくないのです。
というか、ただでさえモテないのに、これ以上格好悪くなっちゃうと、目も当てられないじゃないですか!
せめて可も無く不可もなくってポジション、
いやいや、あわよくば、なんか、感じがいいひと、みたいなポジショニング、
いやいやいやいやいやいや、もっといえば、雑誌の裏表紙にある、
「この幸運のブレスレットを買ってからの俺は宝くじは当たるわ、彼女は出来るわもう最高ですよ!」
みたいな、ポジショ、、イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ、あわわよよよくばば、戯れにスコップ持って地面掘ってたら石油がでて、それからというもの、fふおFHIfd;kgpsz・・・

取り乱しました。

で、どうしたら、格好悪い人にならずに済むかなんですが、
道徳や倫理感に頼るんじゃなくて、
もうすこし強烈な、自己を律する力を持っちゃうのが大事かなとおもうのです。
道徳やら倫理やらは、「他人がどう思っているか?」が出発点であると思ってて、
だから、絶対的な価値観ではなくて、自分と、誰かが居て始めて成り立つ、環境に依存した
相対的なものさしでしかないんじゃないかと思うんです。
かなり独善的な解釈ですが、突き詰めると、アクセサリみたいな気がしないでもないのです。
僕が、道徳やらそういったものを重視して、北斗の拳の世界にデビューしたら間違いなくモヒカンになって、ナイフなめて、おいはぎしてますよ。多分。
周りの目を気にしなくなると総崩れの典型であります。
自分ひとりで考えて動く際に、道徳は心的規制になりはしますが、行動指針とは、
また違うのではないでしょうか?
重要なのは、いかに、自分の行動指針をかっちりと定められてる人間になるか、
環境に依存せず、ぶっちぎりのベクトルをもっているか。
そのためのバックボーン作成に、道徳は非常によい触媒だったり、容器だったり
するとおもうのですが、中身は自分自身が投入していかないとイカンのだろうなと思います。

・・・って、「春だし僕だってもてたいんだ!もてたいんだー!」って文章を書こうとしたら、あらぬ方向に転がりました。
お目汚し、お許し願います。
では、また。

TOP